横浜市都筑区の港北ニュータウンエリアで、地域住民の憩いの場として親しまれてきた商業施設「港北みなも」。
近年、特に2025年から2026年にかけて、核テナントであったダイエーをはじめ、多くのお店が相次いで閉店し、驚きと寂しさの声が広がっています。
長年通い続けたお店がなくなるのは、とても寂しいものですよね。
本記事では、なぜ港北みなもで閉店が相次いでいるのか、その背景にある理由と、施設の今後について、一次情報をもとに徹底的に調査・紹介していきます。
港北みなもの閉店ラッシュなぜ?どうなるの?

2007年7月の開業以来、港北みなもはスーパーマーケットや温泉施設、スポーツクラブなどが一体となったユニークな施設として、多くの家族連れで賑わってきましたが、その歴史の中で店舗の入れ替わりは何度かあり、特に最近の動きは「閉店ラッシュ」と呼べるほどの規模になっています。
過去の閉店の波を振り返り、その背景に何があるのかを探っていきましょう。
港北みなもでは、大きく分けて複数の時期に店舗の閉店が集中しているように思われます。
- 2007年(開業直後)
開業からわずか3ヶ月ほどで、中華料理店「香楼」やお好み焼きビュッフェ「やいて屋」が閉店。 - 2010年代半ば
2014年にはゲームセンターが、2017年には親子で楽しめる大型施設「KidsBee」が閉店するなど、アミューズメント系の大型テナントが撤退。 - 2022年〜2026年
この時期の動きが最も大きく、2022年12月に「鍋ぞう港北店」が閉店したのを皮切りに、2025年12月には18年間営業を続けた「マクドナルド」が閉店。そして2026年に入ると、1月に中華料理の「青蓮」、2月には核テナントであった「ダイエー」と「ハックドラッグ」が相次いで閉店。
なぜ閉店が増えたのでしょうか。
具体的には次のような理由がありそうです。
閉店理由1:テナント企業の経営戦略の転換や業界再編のため

港北みなもで起きている閉店は、必ずしも施設自体の魅力がなくなったから、というわけではないようです。
むしろ、入居しているテナント企業側の、もっと大きな経営戦略の変更が直接的な引き金になっているケースが考えられます。
その最も分かりやすい例が、2026年2月15日に閉店した「ダイエー港北みなも店」で、ダイエーは、2015年にイオン株式会社の完全子会社となって以降、グループ全体での大規模な事業再編を進めていました。
この再編計画の中で、ダイエーはかつて得意としていた首都圏エリアでの事業を縮小し、創業の地である近畿圏に経営資源を集中させる方針を打ち出したのです。
この大きな流れの中で、首都圏のダイエー店舗は、イオン系列の別ブランド「イオンフードスタイル」に転換するか、もしくは閉店するという選択を迫られました。

港北みなも店は、残念ながら後者となり、同じ神奈川県内の鎌倉店とともに閉店することが決定されたのです。
つまり、港北みなも店の閉店は、この店舗単体の業績不振というよりは、親会社であるイオングループ全体の経営判断が最大の理由だったと言えるでしょう。
このような企業再編に伴う店舗閉鎖は、他の地域でも見られます。例えば、ダイエー横浜西口店(2019年閉店)や向ヶ丘店(2020年閉店)なども、同じくイオングループの戦略転換の歴史の中で姿を消していきました。
| 項目 | 内容 | 豆知識 |
|---|---|---|
| 対象企業 | 株式会社ダイエー | 1957年に大阪で創業した、日本のスーパーの歴史を語る上で欠かせない存在です。 |
| 親会社 | イオン株式会社 | 2015年にダイエーを完全子会社化し、グループ内での役割分担を進めました。 |
| 戦略内容 | 首都圏事業の縮小・再編 | 本社機能も東京から創業の地である大阪府へ44年ぶりに移転しました。 |
| 影響 | 港北みなも店など複数店舗の閉店 | 一部の店舗は「イオンフードスタイル」という新しい屋号で営業を続けています。 |
閉店理由2:周辺エリアにおける商業施設のオーバーストア(供給過多)状態のため

港北みなもの立地する港北ニュータウンエリアは、日本でも有数の商業施設が密集する「激戦区」です。
横浜市営地下鉄のセンター北駅とセンター南駅を中心に、「モザイクモール港北」「ノースポート・モール」「港北 TOKYU S.C.」といった巨大なショッピングセンターがひしめき合っています。
こうした状況は、私たち消費者にとっては選択肢が豊富で喜ばしいことですが、店舗側から見れば非常に厳しい競争環境に置かれていることを意味します。
特に港北みなもは、センター北駅・南駅のどちらからも徒歩5分以上と、駅に直結している他の施設に比べると、少しだけアクセスに手間がかかる立地です。

このわずかな距離の差が、集客に影響を与えている可能性も考えられます。
例えば、2014年に閉店したゲームセンターは、ブログの書き込みで、すぐ近くのノースポート・モール内にある「THE 3RD PLANET」など競合店の存在が指摘されており、エリア全体で供給過多だったのではないか、との見方がありました。
また、飲食店も同様で、家族で楽しめるしゃぶしゃぶ・すき焼き食べ放題の「鍋ぞう」(2022年閉店)や、開業後すぐに閉店してしまったお好み焼きビュッフェ「やいて屋」なども、周辺の多種多様なレストランとの競争の中で、独自の魅力を発信し続けることの難しさに直面したのかもしれません。
このように、エリア全体の店舗数が飽和状態にあることも、テナントの入れ替わりが激しくなる一因となっているのです。
| 施設名 | 最寄り駅 | 特徴 |
|---|---|---|
| 港北みなも | センター北/南 | スーパー、温泉、スポーツ施設が揃う複合施設です。 |
| モザイクモール港北 | センター北 | 阪急百貨店と屋上の観覧車がランドマーク的な存在です。 |
| ノースポート・モール | センター北 | 映画館や大型専門店が集まっており、一日中楽しめる施設です。 |
| 港北 TOKYU S.C. | センター南 | 駅直結の利便性が高く、百貨店から専門店まで幅広く揃っています。 |
本当に閉店ラッシュなの?過去に閉店した店舗例
「閉店ラッシュ」という言葉が本当なのか、過去に港北みなもから撤退した店舗を時系列で見てみましょう。
こうして並べてみると、特に2025年以降、立て続けに閉店していることがよくわかります。
- 2007年11月24日以前:中華料理店「香楼」閉店
- 2007年11月24日以前:お好み焼きビュッフェ「やいて屋」閉店
- 2014年10月19日:ゲームセンター閉店
- 2017年8月31日:KidsBee港北みなも店 閉店
- 2022年12月25日:鍋ぞう港北店 閉店
- 2025年12月7日:マクドナルド 港北みなも店 閉店
- 2026年1月31日:中華 青蓮 閉店
- 2026年2月15日:ダイエー 港北みなも店 閉店
- 2026年2月15日:ハックドラッグ 港北みなも店 閉店
港北みなもの閉店を驚く声は多い

相次ぐ閉店のニュースに対して、地域住民からは驚きや戸惑いの声が多く上がっています。
SNSや地域の情報サイトの書き込みを見ると、閉店を「残念だ」「寂しい」と惜しむ声が約7割を占めている印象ですが、一方で、「次はどんなお店が入るのか楽しみ」といった、今後の展開に期待する声も2割ほど見られ、残りは静観しているといった状況です。
特に、長年営業を続けてきた店舗の閉店には、多くの思い出が寄せられています。
Q&A
港北みなもの閉店に関して、よくある質問や、少し踏み込んだ疑問についてQ&A形式でまとめました。
- 核テナントだったダイエーの跡地には、何が入るのですか?
2026年3月時点、ダイエーの跡地に入る後継テナントについて、港北みなもの運営会社から公式な発表はまだありません。ただ、今回のダイエー閉店は、イオングループ全体の事業再編が理由でした。そのため、同じイオングループ内の別業態のスーパー、例えば「イオンフードスタイル」や「まいばすけっと」などが出店する可能性は十分に考えられます。地域住民の方からは、引き続き日常の食料品や日用品が買えるスーパーマーケットの出店を望む声が非常に多いです。最新情報は、港北みなもの公式サイトで発表されるのを待つのが一番確実だと思います。
- 港北みなもの建物の所有者は、開業時からずっと同じなのですか?
いいえ、実は変わっています。2007年の開業当初、この施設を所有していたのは三菱地所でした。その後、株式会社ザイマックスアルファという会社を経て、現在は大和ハウス工業グループの「大和ハウスリアルティマネジメント株式会社」が施設の所有・管理を行っています。商業施設の所有者が変わることは決して珍しいことではなく、所有者の交代を機に、大規模なリニューアルやテナント構成の大幅な見直しが行われることもあります。今回の閉店ラッシュと、現在の所有者の今後の戦略がどう結びついていくのかは、港北みなもの未来を占う上でとても興味深いポイントだと言えるでしょう。
- 開業当初から15年以上続いているお店は、もうないのでしょうか?
2025年から2026年にかけて、18年間営業を続けたマクドナルドやダイエー(前身のグルメシティ時代を含む)といった、まさに「みなもの顔」とも言える店舗が閉店し、施設の雰囲気は大きく変わりました。しかし、開業当初から続いているお店が全てなくなったわけではありません。例えば、日帰り天然温泉施設の「Spa EAS(スパイアス)」や、書籍・DVDなどを扱う「TSUTAYA」などは、多くの店舗の入れ替わりを見守りながら、現在も元気に営業を続けています。時代の変化とともに施設の姿は変わっていきますが、地域に根差した施設として、これからも私たちの生活を支えてくれる存在であり続けてほしいですね。
