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    エノテカピンキオーリ閉店理由は?ミシュラン三ツ星獲得の名店の動向とは

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    イタリア・フィレンツェ発祥のミシュラン三ツ星リストランテ「エノテーカ ピンキオーリ」は、1992年に世界初の海外支店として銀座へ進出し、長らく日本のイタリア料理シーンを牽引する存在に。

    しかしお台場店、東京店と相次いで撤退し、現在国内営業店は名古屋店のみという状況です。

    本記事ではエノテカピンキオーリの閉店理由と、ミシュランガイドにおける動向を、業界の専門的観点と公式情報から調査・紹介します。

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    エノテカピンキオーリ閉店理由は?台場店や東京店が撤退に

    エノテカピンキオーリの日本展開は株式会社アターブル松屋との業務提携で進められましたが、相次ぐ閉店の背景には複数の構造的な要因が絡み合っています。

    【日本国内エノテカピンキオーリ関連店舗の時系列】

    年月出来事
    1992年アターブル松屋との業務提携で「エノテーカ ピンキオーリ東京店」をギンザ・コアにオープン
    1995年4月姉妹業態「イ プリミ虎ノ門店」をJTビルに開店
    1997年4月「エノテーカ イプリミ ギンザ」を松屋銀座に開店
    2000年4月「カンティネッタ エノテーカ ピンキオーリ お台場店」をアクアシティお台場に開店
    2007年3月「エノテーカ ピンキオーリ 名古屋店」をミッドランドスクエア42階に開店
    2008年前後お台場店が閉店
    2010年2月朝日新聞が「東京店、年内閉店」と報道
    2010年12月30日「エノテーカ ピンキオーリ東京店」が約18年の歴史に幕
    2019年名古屋店が「ミシュランガイド愛知・岐阜・三重 2019特別版」で一つ星を獲得

    SNSや食べログ、グルメブログ上では「天井の低さなど、時代遅れになってしまったのかもしれない」「広々としたお店がなくなってしまうのはもったいない」「一つの時代に区切りがついたようで淋しい」といった惜しむ声が今も検索すれば多数見つかります。

    X(旧Twitter)では「銀座の象徴がまた消えた」「ピンキオーリで結婚式を挙げた思い出が…」というようなコメントが閉店から十数年経った今も投稿され続けており、筆者はこのリストランテが日本の食文化に与えた影響の大きさをあらためて感じます。

    これらの背景を踏まえると、次のようなものが理由として考えられます。

    閉店理由1: バブル崩壊後の高級店需要縮小と銀座コアビル350坪・160席という大箱の固定費が経営を圧迫したため

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    1992年の開店時、エノテーカ ピンキオーリ東京店は銀座コアビル7階のワンフロア約350坪・160席という日本のグランメゾンとしては異例の大型店舗でした。

    バブル景気の余熱で企画されたこの規模感は、開店後すぐに襲来したバブル崩壊と長引くデフレ、さらに2008年のリーマン・ショックと真正面から衝突します。

    【国内エノテカピンキオーリ系列店の規模比較】

    店舗規模席数立地
    銀座東京店(旧)約350坪160席銀座コアビル7階全フロア
    お台場店(旧)大型商業施設内大型アクアシティお台場
    名古屋店(現存)約520㎡ミッドランドスクエア42階

    実例として、2003年に六本木ヒルズへ鳴り物入りで進出したミラノの三ツ星店「カランドリーノ」「サドレル」もそれぞれ閉店しており、当時のグルメジャーナリズムでは「日本には高級イタリア料理は根付かないのか」と論じられました。

    グランメゾン経営は華やかに見えても、実態は高い人件費・食材費・地代家賃に押しつぶされやすい収益構造を抱えています。

    閉店に至ったとされる原因
    • バブル崩壊後の長引くデフレ経済
    • 2008年リーマン・ショックによる接待・贈答需要の急減
    • 銀座一等地ワンフロア借り切りに伴う地代家賃の重さ
    • 160席を埋めるためのバンケット依存型の収益モデル
    • 大型店ゆえの厨房・サービス人件費の高止まり

    筆者としては、当時350坪を一店舗で借り切る経営判断はバブル末期ならではの豪気さを感じる一方、その後の経済環境を考えると痛恨の選択だったとも感じます。

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    閉店理由2: 本店フィレンツェの「ワインバー」コンセプトと日本展開の「グランメゾン」業態が乖離していたため

    「エノテーカ(Enoteca)」とはイタリア語で「ワイン蔵」を意味します。

    本店はもともと、オーナーのジョルジョ・ピンキオーリ氏が1973年にフィレンツェで開いたワイン主軸の小規模店「エノテカ・ナツィオナーレ」が前身であり、料理はパートナーのアニー・フェオルデが添える形でスタートしました。

    バンケット中心の超大型グランメゾンは、日本進出に際してアターブル松屋が独自に解釈・拡張した業態だったわけです。

    【本店と日本展開のコンセプト比較】

    比較項目フィレンツェ本店旧東京店・お台場店
    業態の起源ワインバー(エノテカ)グランメゾン
    規模感中規模・パラッツォ内350坪・大箱・大型バンケット対応
    主役6万本超のワインセラー料理・空間・サービス
    客層ワイン愛好家・国際的グルメ接待・冠婚葬祭・記念日利用

    実例として、2007年末に発表された「ミシュランガイド東京2008」の登場以降、新進気鋭のシェフが切り盛りする小箱の星付きイタリアンが続々と誕生し、伝統的グランメゾン業態は相対的に存在感を失っていきました。

    ジョルジョ・ピンキオーリ氏自身も2019年の独占インタビューで、東京店の経験を「良い経験もそうでない経験もある」と振り返っています。

    • 「エノテカ=ワイン蔵」という本来の小規模業態と日本店の大箱化のミスマッチ
    • ワインを軸とした体験ではなくコース料理+宴会需要に依存した収益モデル
    • ミシュランガイド東京開始(2008年版)以降の小箱星付きイタリアン台頭
    • 海外提携モデル特有の本店監修料・ロイヤリティ負担
    • 後継シェフ・ソムリエの育成と本店派遣に伴う人材コスト

    ブランドの出自と日本での運用形態がここまで乖離した例は、当時の海外スター料理人ブームを象徴する事案だったと筆者は感じます。

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    ミシュラン三ツ星獲得!ミシュラン動向を紹介

    フィレンツェ本店のミシュランガイドにおける星の遷移は、栄光と試練を行き来してきた歴史そのものです。

    【エノテーカ ピンキオーリ(フィレンツェ本店)ミシュラン星の動向】

    星の数補足
    1982年初の一つ星獲得
    1983年★★わずか1年で二つ星に昇格
    1993年★★★イタリア史上3軒目の三ツ星獲得
    1994年★★★三ツ星維持
    1995年★★火災で2万本のワインを焼失、二つ星に降格
    1996〜2003年★★二つ星を継続
    2004年★★★約400万ドルの大規模改装を経て三ツ星復活
    2005〜2026年★★★22年連続で三ツ星を維持

    イタリアにおいて三ツ星から降格した後に復活したのは2026年時点でもエノテーカ ピンキオーリ唯一であり、アニー・フェオルデはイタリア史上初の女性かつ外国人三ツ星シェフという二重の偉業を成し遂げています。

    なお、日本の名古屋店も2019年に「ミシュランガイド愛知・岐阜・三重 2019特別版」で一つ星を獲得しました。

    一度奈落に落ちて再び頂点に立つ歴史には、シンプルに胸が熱くなります。

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    エノテカピンキオーリに対する声を調査

    食べログに残る東京店の口コミ118件を傾向分析すると、概ね「肯定的な評価が約60%」「中立的な評価が約30%」「辛口評価が約10%」という構成でした。

    代表的な口コミは次のとおりです。

    「仔牛は素材、火入れ、塩加減ともに素晴らしく、突き抜けるような美味しさだった」

    「華やかな空間と物腰柔らかい接客で、こんなにステキなお店が無くなるのは残念」

    「ワインリストが魔法の書のようで、ソムリエとの会話がとにかく楽しかった」

    「個室は静かで重厚、誕生日や結婚記念日など特別な日に最適だった」

    「天井がやや低く、空間としては時代遅れになっていた印象は否めない」

    「コストパフォーマンスは決して高くないが、特別な日のための価値はあった」

    絶賛と物足りなさが共存している点が、まさにバブル期グランメゾンの宿命だったように筆者には映ります。

    向いている人

    現存する名古屋店、そして将来的な銀座復活が囁かれるエノテカピンキオーリは、以下のような方に強くおすすめできるリストランテです。

    おすすめな人
    • ワインを主軸に食事を組み立てたい愛好家
    • 結婚記念日・誕生日など特別な日に高揚感を求める方
    • 本場フィレンツェの三ツ星の系譜を国内で体感したい方
    • 地上200m近い高層階からの眺望と料理を同時に楽しみたい方
    • イタリア料理の歴史的銘店を訪ね歩く美食家
    • 接待や両家顔合わせなど格式を重視するシーンを控えるビジネスパーソン

    Q&A

    最後に、よくある質問とコアファンが気になる質問をまとめます。

    エノテカピンキオーリは現在、日本国内のどこで食べられますか?

    現在国内で営業しているのは、名古屋市中村区のミッドランドスクエア42階にある「エノテーカ・ピンキオーリ 名古屋」のみです。ジョルジョ・ピンキオーリ氏が選んだ7,000本超のワインと、本店監修の革新的なイタリア料理を味わえます。2019年にはミシュラン一つ星も獲得しました。

    オーナーであるジョルジョ・ピンキオーリ氏とアニー・フェオルデ氏は、現在もフィレンツェ本店に立っていますか?

    創業者であるジョルジョ・ピンキオーリ氏とアニー・フェオルデ氏は健在で、特にジョルジョ・ピンキオーリ氏は近年もメディア取材やイベントで積極的に来日しています。ただし厨房の現場指揮はエグゼクティブシェフのリッカルド・モンコが担っており、ジョルジョ・ピンキオーリ氏自身も2019年のインタビューで「シェフも年齢的にそろそろ交代するだろう」と世代交代を示唆していました。

    フィレンツェ本店が2020年にワインを大規模売却したと聞きましたが、どのような内容だったのでしょうか?

    2020年、エノテカ・ピンキオーリは約6万本のコレクションのうち2,500本(864ロット、推定2億5,000万円相当)を米国のワインオークション「Zachy’s」へ出品しました。ヴォーヌ・ロマネ・クロ・パラントウ レゼルヴ・アンリ・ジャイエ1999のマグナム2本は予想落札価格825〜1,375万円という桁違いの値付けで話題となり、ジョルジョ・ピンキオーリ氏自身も「一本一本にお別れの口付けをし、泣いた」と語ったほど思い入れの深いコレクションでした。

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