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    聘珍樓の閉店なぜ?中華街の閉店ラッシュ理由と関係?跡地についても紹介

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    横浜中華街の象徴的な存在として、多くの人々に愛されてきた老舗中華料理店「聘珍樓」。

    日本で最も古い歴史を持つ中華料理店の一つとして知られる聘珍樓が、なぜその長い歴史に幕を閉じることになったのでしょうか。

    本記事では、聘珍樓の閉店に至った背景にある複数の理由を深掘りします。

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    聘珍樓の閉店なぜ?中華街の閉店ラッシュ理由と関係が?3つの理由を紹介

    1884年の創業以来、日本の食文化にも大きな影響を与えてきた聘珍樓の閉店は、単に一つの店の歴史が終わったというだけでなく、時代の変化を象徴する出来事とも言えるかもしれませんね。

    長年、横浜中華街の顔として、また高級中華の代名詞として親しまれてきた聘珍樓が閉店に至った背景には、一体どのような要因が複雑に絡み合っていたのでしょうか。

    閉店理由1:経営悪化と度重なる経営体制の変更のため

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    実は、聘珍樓は創業から140年以上の長い歴史を誇る一方で、近年はその経営状況が非常に厳しかったようなのですね。

    報道によりますと、聘珍樓の前身となる企業は2017年に特別清算の手続きに入っています。

    その後、事業は新たな会社に引き継がれる形で運営が続けられてきましたが、その経営体制も一枚岩ではなかったようです。

    「聘珍樓 横濱本店」を運営していた株式会社聘珍樓(横浜市中区)と、日比谷店や吉祥寺店、大阪店、小倉店といった横浜本店以外の店舗、そしてファストフード形式の「SARIO」などを運営していた株式会社聘珍樓(横浜市港北区新横浜)は、それぞれ別法人として存在。

    横濱本店を運営していた会社は、2018年に新設分割によって設立された企業でしたが、残念ながら2022年6月に債権者からの申し立てにより破産手続き開始決定を受けてしまいました。

    そして、残る店舗を運営していた港北区の株式会社聘珍樓も、関連会社である株式会社香港聘珍樓ジャパンと共に、2025年5月21日に東京地方裁判所から破産手続きの開始決定を受けたのです。

    聘珍樓の経営をめぐる主な出来事の時系列
    • 1884年: 横浜にて創業
    • 2016年4月: 旧・(株)聘珍樓の全事業を、香港のファンド出資により設立された新・(株)聘珍樓(本社:港北区)へ譲渡
    • 2017年3月: 旧・(株)聘珍樓(商号を(株)平川物産に変更後)が特別清算開始命令を受ける
    • 2018年4月: 新設分割により「横濱本店」運営のための(株)聘珍樓(本社:中区)が設立される
    • 2022年5月15日: 「聘珍樓 横濱本店」が移転準備のため一時閉店
    • 2022年6月2日: 「横濱本店」を運営していた(株)聘珍樓(中区)が横浜地方裁判所より破産開始決定を受ける
    • 2025年5月20日: 新横浜に本社を置く(株)聘珍樓(港北区)および食品事業の(株)香港聘珍樓ジャパンが事業を停止
    • 2025年5月21日: 上記2社が東京地方裁判所より破産手続開始決定を受ける

    帝国データバンクさんの情報によると、この2社の負債合計は約32億3800万円(2024年3月期末時点)にのぼるとされていますが、その後変動している可能性もあるとのこと。

    このように度重なる経営体制の変更や、複数の法人間での複雑な事業運営は、結果として安定した経営基盤を揺るがし、厳しい経営状況を招いた一因となったと考えられます。

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    閉店理由2:新型コロナウイルスの影響を受けたため

    世界中を未曾有の事態に陥れた新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、飲食業界全体に計り知れない影響を及ぼしましたが、聘珍樓もその例外ではなかったと思われます。

    大人数での宴会需要の激減や、国内外からの観光客が大幅に減少したことは、広々とした客席や個室を多数備え、伝統的に宴会利用も多かった聘珍樓のような大型中華料理店にとっては、非常に大きな痛手となったはずですよね 。

    実際に、聘珍樓の担当者さんは、横濱本店の閉店時期について「前々から移転を予定していたが、新型コロナウイルスの打撃もあり、閉店を2年ほど早めた」と説明していたそうです。

    言うまでもないですが以下の内閣府のデータのようにコロナ禍(特に前期)は飲食店の利用率がかなり減りましたよね。

    (出典:内閣府

    このことからも、コロナ禍が経営判断に大きな影響を与えたことがうかがえます。

    新型コロナウイルス感染症拡大が飲食店に与えた影響
    • 来店客数の大幅な減少(特にディナータイムや週末)
    • 企業宴会、団体旅行、慶事・法事などの予約キャンセル続出
    • 政府や自治体からの営業時間短縮や休業の要請
    • アルコール提供の制限
    • 感染防止対策(アクリル板設置、消毒液常備、換気徹底など)にかかる追加コスト
    • インバウンド観光客の消失による売上減
    • 従業員の確保やシフト調整の困難化

    運営会社は、百貨店内での食品販売やインターネット通販といった新たな販路の開拓も進めていたようですが 、やはり実店舗での売上の落ち込みを完全にカバーするには至らず、厳しい経営状況が続いていたのかもしれません。

    5期連続の最終欠損で債務超過となり、資金繰りが悪化したとの報道もありますね。

    一方で料理が高く評価されていたのは言うまでもありません。

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    閉店理由3:横浜中華街全体の変化と競争激化

    聘珍樓の閉店という事実は、個別の経営問題だけでなく、横浜中華街という日本有数の観光地が抱える構造的な変化や、飲食業界全体の競争の激化といった、より大きな背景の中で捉える必要があるのかもしれません。

    近年、横浜中華街では、手軽に楽しめる食べ歩きグルメを提供するお店がますます人気を集め、多様化していますよね。

    一方で、聘珍樓のような伝統を重んじる格式高い高級中華料理店は、新たな顧客層を開拓し、リピーターを維持していく上で、これまでとは異なる難しさに直面していた可能性が考えられます。

    また、中華料理というジャンル内でも、よりカジュアルなスタイルの店や、特定の地方料理に特化した専門店など、新しいタイプの店舗が次々と登場。

    さらに、中華料理以外の多様なジャンルの飲食店も中華街やその周辺に進出してきており、顧客の選択肢が増えた分、お店間の競争はますます厳しくなっていると思われます。

    聘珍樓ほどの知名度とブランド力を持つ老舗であっても、こうした時代の変化の波や激しい競争環境に柔軟に対応し、経営を維持していくことの難しさがあったのではないでしょうか。

    実際に、2022年頃には横浜中華街で飲食店の閉店が相次いでいるという報道も見られ、聘珍樓の破産もその流れの中で大きく報じられました 。

    横浜中華街における近年の変化と飲食店の課題(推測を含む)
    • 顧客ニーズが多様化した
      • 食べ歩き・テイクアウト需要の定着と進化
      • SNS映えを意識した商品・店舗デザインへの関心増
      • 高級志向とカジュアル志向の二極化
    • 競争環境の激化
      • 新興中華料理店や異業種飲食店の参入
      • オンライン予約・デリバリーサービスの普及による競争範囲の拡大
    • 老舗店が抱える課題
      • 伝統と革新のバランス
      • 若年層へのアピール
      • 後継者問題や人材不足
      • 施設老朽化への対応と改修コスト
      • 原材料費や人件費の高騰
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    聘珍樓は閉店!跡地について

    日本で現存する最古の中華料理店として、1世紀以上にわたり多くの人々の舌を楽しませ、特別な日の食事や大切な人をもてなす場として利用されてきた聘珍樓。

    その閉店は本当に残念なことですが、特に横浜中華街のシンボルの一つでもあった横濱本店の建物がその後どうなったのか、気になっている方も多いのではないでしょうか。

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    聘珍樓 横濱本店の跡地は「揚州飯店 本店」に

    横浜中華街のメインストリートである中華街大通りに面し、ひときわ大きな存在感を放っていた「聘珍樓 横濱本店」。

    2022年5月15日に移転のため一時閉店と発表されていましたが 、その跡地には、同じく横浜中華街で長年親しまれている老舗「揚州飯店 本店」さんが移転し、新たなスタートを切りました。

    揚州飯店さんは、以前は中華街大通りから少し入った市場通りに本店を構え、上海料理を中心とした本格的な味わいで人気を博していましたが、2024年7月12日から、この旧聘珍樓本店の場所でリニューアルオープンを果たしたのですね。

    揚州飯店 本店(旧 聘珍樓 横濱本店 跡地)概要
    • 移転オープン日:2024年7月12日
    • 料理ジャンル:上海料理を中心とした中国料理
    • 特徴:横浜中華街の老舗、以前は市場通りに本店、建物は美しくリフォームされ、盛況のうちに営業中、聘珍樓時代は暗かったとされる辺りも明るく綺麗になったとの声あり

    建物内部は美しくリフォームされ、以前の聘珍樓の面影を残しつつも、明るく開放的な雰囲気に生まれ変わっています。

    座席間のスペースもゆったりと取られているとのことで、落ち着いて食事を楽しめそうですよね。

    老舗の味が、中華街の新たなランドマークとなり得る場所で引き継がれていくのは、中華街を愛する人々にとっても喜ばしいことだと言えるでしょう。

    また、宮城県仙台市の百貨店「藤崎」本館地下1階で営業していたテイクアウト専門の「中華料理 聘珍楼」も、2025年3月31日をもって閉店。

    長年にわたり、各地で本格的な広東料理を提供し続けてきた聘珍樓の味が、こうして次々と失われてしまうのは、食文化の観点からも非常に残念なことだと感じます。

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