ハンバーグにメンチかつ、帆立ミルクコロッケ。学生時代やサラリーマン時代に「キッチンジロー」のスタミナ焼き定食でお腹を満たした、という方は本当に多いのではないでしょうか。
神保町・秋葉原・新橋・渋谷……山手線の内側ならどこかしらで看板を見かけた、あの街の洋食屋さんが、いつの間にか姿を消していました。
「なぜ大量閉店したの?」「もう食べられないの?」という疑問に、公式情報・一次資料・SNSの声を突き合わせながら、誰よりも丁寧にお答えしていきます。
キッチンジロー閉店理由は?なぜ大量閉店?

結論から言えば、キッチンジローの大量閉店は「コロナ禍による売上減少」という引き金と、「それ以前から続いていたオフィス街依存型ビジネスモデルの構造的な行き詰まり」という土台が重なって起きたものです。
次のようなものが理由として考えられます。
閉店理由1:オフィス街・繁華街への過度な出店立地がコロナ禍の人流消失で一気に裏目に出たため

キッチンジローは1964年、小林二郎が東京都千代田区神田神保町で、自身の名前を店名にして創業し、都心のサラリーマン・学生をターゲットに、イートイン・デリバリー・テイクアウトでハンバーグや帆立クリームコロッケを提供してきました。
この「オフィス街・学生街のランチ需要」に最適化した立地戦略こそが、最大の強みでした。
ところが2020年のコロナ禍で、その強みがそっくり弱みに変わります。
テレワーク移行でオフィス街から人が消え、ランチ客が蒸発したのです。
非常事態宣言を受けて4月7日から休業した後、5月7日に時短で再開し、8月1日からはほぼ従来の営業時間に戻して売上回復に取り組んでいましたが、9月3日に外神田店を含む15店舗中13店舗の閉店を発表しました。

回復努力をしてもオフィス街の人流が戻らなければ、固定費だけがのしかかる——立地依存型モデルの泣きどころが、最も悪い形で表面化したわけです。
実際に閉店した店舗を見ると、新橋・浜松町・汐留・大阪ビジネスパーク(OBP)といった、まさにオフィスワーカーの胃袋に依存した立地が並びます。
秋葉原のジャンク通りにあった外神田店も、最古参でありながらこの波に飲まれました。
長年通った方からすれば、「あの場所だからこそ通った」店が、「あの場所だったからこそ」閉まったという、皮肉な結末に胸が締め付けられます。
| 時系列 | 出来事 | 補足 |
|---|---|---|
| 2020年4月7日 | 緊急事態宣言を受け休業 | 東京都内全店が対象 |
| 2020年5月7日 | 時短営業で再開 | 段階的な営業再開 |
| 2020年8月1日 | ほぼ通常営業に復帰 | 売上回復を狙う |
| 2020年9月3日 | 13店舗の閉店を発表 | 全15店舗中 |
| 2020年9月30日 | 13店舗が一斉閉店 | 神保町・秋葉原など |
閉店理由2:コロナ以前から経営が苦戦し、2018年にジョイフル傘下へ入り業態転換の途上だったため

「コロナだけが原因ではない」——これは複数の報道や個人ブログが指摘する重要な視点です。
キッチンジローは1964年に神田神保町で創業し、最盛期には50店舗以上を展開していましたが、次第に経営的に苦戦を強いられるようになり、2018年には西日本最大手のファミレス「ジョイフル」(大分県大分市)の傘下となり、経営再建を図っていました。
つまりコロナ前から、すでに自力での立て直しが難しい状態だったのです。
ジョイフル傘下に入った後の動きも見逃せません。
2018年10月、新虎ノ門店を皮切りに、昼は洋食レストラン・夜はバルの「キッチンジロー&ほろよいジロー」へ業態変更し、リブランディングを進めていました。

昼の洋食だけでは厳しいので、夜のバル営業で客単価と稼働時間を伸ばそうという「二毛作」戦略です。
ところがこの転換が軌道に乗りきる前に、夜の飲酒需要そのものを直撃するコロナ禍が来てしまった。
タイミングの不運が、構造的な弱さを致命傷に変えたと言えます。
そして決定的なのが資本構造の変化です。
2023年7月1日付でジョイフルへ吸収合併され、株式会社キッチンジローは解散し、同日以降はジョイフル直轄による運営となりました。
創業から続いた運営会社そのものが消え、ブランドだけがジョイフルの中に残る形になったのです。
法人としての「キッチンジロー」はもう存在しない、という事実は、意外と知られていない深層かもしれません。
| 年 | 経営上の節目 | 意味するもの |
|---|---|---|
| 1964年 | 神保町で創業(小林二郎) | 街の洋食屋として出発 |
| 最盛期 | 50店舗超を展開 | チェーンの全盛期 |
| 2018年2月 | ジョイフルの子会社化 | 自力再建の限界 |
| 2018年10月〜 | 「ほろよいジロー」業態へ転換 | 夜需要の取り込み策 |
| 2023年7月1日 | ジョイフルに吸収合併・解散 | 運営法人の消滅 |
大量閉店・閉店ラッシュなの?

「大量閉店」という言葉は決して大げさではありません。
2020年9月にたった一度の発表で13店舗が消えたうえ、最盛期との比較ではさらに衝撃的な規模になります。
当時を懐かしむ気持ちが、ここまで店舗が減ったと知ると一層深まりますね。
具体的に2020年9月30日に閉店した店舗と、推測される閉店理由は以下の通りです。
| 閉店した店舗 | 閉店日 | 推測される閉店理由 |
|---|---|---|
| 南神保町店(神保町) | 2020年9月30日 | 学生街・オフィス街のランチ客減少 |
| 錦町店 | 2020年9月30日 | オフィス街のテレワーク化による人流減 |
| 神田鍛冶町店 | 2020年9月30日 | オフィス街のランチ需要消失 |
| 外神田店(秋葉原) | 2020年9月30日 | 最古参店だが来街者減で採算悪化 |
| ニュー新橋店 | 2020年9月30日 | サラリーマン街の昼夜需要が蒸発 |
| 新虎ノ門店 | 2020年9月30日 | バル業態転換1号店だが夜需要直撃 |
| シーバンス浜松町店 | 2020年9月30日 | オフィスビル内立地で出社減が直撃 |
| 芝大門店 | 2020年9月30日 | バル業態だが飲酒需要の減少 |
| アトレヴィ巣鴨店 | 2020年9月30日 | 商業施設内で来館者減・賃料負担 |
| 渋谷店 | 2020年9月30日 | バル業態だが繁華街の夜需要消失 |
| 深川ギャザリア店 | 2020年9月30日 | オフィス複合施設で出社減が直撃 |
| ペディ汐留店 | 2020年9月30日 | オフィス街・商業施設の人流減 |
| OBPツイン21店(大阪) | 2020年9月30日 | 大阪ビジネスパーク内で出社減が直撃 |
この13店舗が2020年9月30日に閉店し、残ったのは九段下店と中之島フェスティバルプラザ店の2店舗のみとなりました。
そして注目すべきは、その後さらに減ったことです。
大阪の中之島フェスティバルプラザ店も、2026年6月30日(火)15時をもって閉店することが発表されました。
つまり、まさに本日が大阪最後の一皿の日。
最盛期50店舗超から、ついに東京・九段下のたった1店舗だけが残る、という段階に入ったのです。
| 時点 | 店舗数 | 残存エリア |
|---|---|---|
| 最盛期 | 50店舗超 | 首都圏を中心に広域 |
| 2020年9月初旬 | 15店舗 | 東京・大阪 |
| 2020年10月以降 | 2店舗 | 九段下・中之島 |
| 2026年6月30日以降 | 実質1店舗 | 九段下のみ |
個人的にはおすすめのお店

ここまで閉店の話ばかりでしたが、最後に明るい話を。
東京・九段下店はまだ健在で、あの味は今も楽しめます。
減ったからこそ、残った一店の貴重さが身に染みますね。
キッチンジロー&ほろよいジロー九段下店は、東京都千代田区九段北1-5-5にあり、平日11:30〜22:00(L.O.21:00)で営業、土日祝が定休日です。
16種類のメニューから単品・2品・3品と自由に組み合わせるスタイルで、スタミナ焼き、デミメンチ、帆立ミルクフライなどが選べ、ライスやサラダの大盛りが無料、具沢山の豚汁まで付くボリューム満点の内容です。

SNSや口コミでも評価は温かいものが目立ちます。
食べログでは「ボリューミー」「コスパが良い」という声が並び、スタミナ焼きとハンバーグと帆立ミルクコロッケの組み合わせを楽しむ投稿が見られます。
個人ブログでは「全盛期には54店舗だったが、本丸だけになっても孤軍奮闘する姿を見るとつい応援したくなる」とも綴られています。
値上げを惜しむ声もありますが、それでも「あの頃の味」を求めて通うファンが今も訪れています。
| 観点 | 九段下店の魅力 | こんな人におすすめ |
|---|---|---|
| 味 | 創業以来のスタミナ焼き・帆立ミルクコロッケ | 昔通った味を懐かしみたい人 |
| システム | 16種類から好きに組み合わせる定食スタイル | 自分好みに選びたい人 |
| 量・価格 | ライス/サラダ大盛り無料、豚汁付き | しっかり食べたい働く人 |
| 希少性 | 実質最後の1店舗 | 今のうちに食べておきたい人 |
| 夜営業 | バル「ほろよいジロー」として一杯も | 仕事帰りに軽く飲みたい人 |
