多くの人々の胃袋を満たし、特に郊外のロードサイドで独特の存在感を放ってきた「くるまやラーメン」。
しかし近年、昔よく通ったあの店がいつの間にかなくなっていた、という寂しい話を耳にすることも増えました。思い出の味が失われるのは、とても悲しいことですよね。
本記事では、なぜ「くるまやラーメン」の店舗が閉店してしまうのか、その背景にある理由を、運営会社の歴史や飲食業界全体の動向といった専門的な視点から深く、そして分かりやすく調査・紹介していきます。
くるまやラーメンの閉店理由は?双葉・川中島・小山城東などの閉店はなぜ?

くるまやラーメンの閉店には、一つの理由だけではなく、いくつかの複雑な要因が絡み合っていると考えられます。
ここでは、特に大きな影響を与えたと考えられる2つの理由を、具体的な他社の事例も交えながら詳しく解説していきます。
閉店理由1:運営会社の経営戦略の転換と、それに伴う大規模な不採算店舗整理のため
くるまやラーメンの店舗数が大きく減少した最も直接的な理由は、1990年代後半に起きた運営会社の経営方針の大きな転換です。

くるまやラーメンは、1970年に観光バスを改造した店舗からスタートし、その後、特に1990年代初頭にかけて北海道から名古屋地区まで、積極的に直営店を出店し、店舗網を急拡大させました。
当時は勢いに乗り、全国各地でその赤い看板を見かけることができたのですが、この急激な拡大戦略が裏目に出てしまい、経営が悪化。
運営会社であった栄商事は1997年5月に会社更生法を申請するという、非常に厳しい事態に陥ってしまいました。
これは、会社を立て直すための法的な手続きで、人間で言えば大きな手術をするようなものです。

この経営再建の過程で、大規模なリストラ、つまり「不採算店舗の整理」が行われ、全国に約500店舗近くあった店舗のうち、利益が出ていなかった約200もの直営店が一斉に閉店されることになったのです。
これは、個々のお店の味が悪いとか、店長さんのやる気がなかったとかいう問題ではなく、会社全体として生き残るための苦渋の決断だったと考えられます。
愛知県で1995年頃に一斉に店舗ができたのに、数年でなくなってしまったという話も、この時期の経営戦略が大きく影響している可能性が高いです。

このような事例は、他の外食チェーンでも見られます。例えば、かつて人気を博したファミリーレストラン「CASA」は、親会社であった西武セゾングループがバブル崩壊後に解体・再編される過程で、運営主体が分裂したり、他社に売却されたりしました。
その結果、店舗数は大幅に減少し、最終的には運営会社が経営破綻したことで、2021年に全店が突然閉店するという結末を迎えています。親会社の経営方針は、チェーン店の運命を大きく左右するのです。
| 年代 | くるまやラーメンの主な出来事 | 経営上のポイント |
|---|---|---|
| 1970年 | 観光バスを改造したラーメン店として創業しました。 | ユニークな発想でスタートしたのですね。 |
| 1990年代初頭 | 北海道や名古屋地区を中心に直営店を積極出店しました。 | チェーンが最も拡大したイケイケの時代だったと思われます。 |
| 1997年5月 | 運営会社の栄商事が会社更生法を申請しました。 | 急拡大の裏で経営が厳しくなっていたことがうかがえます。 |
| 1997年以降 | 約200店舗の不採算店を閉店し、経営再建を進めました。 | 生き残りのため、大規模な店舗整理が必要だったのです。 |
閉店理由2:郊外型ロードサイド店舗を取り巻く競争環境の激化と消費者ニーズの多様化に対応しきれなかったため
1990年代後半の経営再建を乗り越えた後も、くるまやラーメンが直面する経営環境は決して楽なものではありませんでした。その背景には、飲食業界全体の大きな変化があります。

くるまやラーメンの店舗の多くは、幹線道路沿い、いわゆる「ロードサイド」に立地しています。
車でのアクセスが便利なこの立地は、かつて大きな強みでしたが、1990年代以降、同じようなロードサイドに、牛丼チェーンの「すき家」や「吉野家」、低価格ラーメンチェーンの「日高屋」や「幸楽苑」、さらには様々なファミリーレストランが次々と出店し、競争が非常に激しくなりました。
さらに大きな脅威となったのが、郊外型ショッピングセンター(SC)の増加です。
これらのSCには、巨大なフードコートが併設されていることが多く、和洋中さまざまなジャンルのお店が一堂に会しています。

家族連れやグループで食事に行く際、「とりあえずSCに行けば、それぞれが好きなものを食べられる」という選択肢ができたことで、わざわざ車を走らせて単独のラーメン店に行くという動機が薄れてしまったのです。
これは、郊外のSCに顧客を奪われて閉店が相次いだ地方の百貨店と非常によく似た構図だと言えます。
また、消費者側の変化も見逃せません。
インターネットやSNSの普及により、人々はいつでもどこでも飲食店の情報を得られるようになりました。

口コミサイトで星の数をチェックしたり、SNS映えするメニューを探したりと、お店選びの基準は昔と比べて格段に多様化・複雑化しています。
こうした中で、「昔ながらの味」だけを武器に戦うのは、だんだんと難しくなってきたのかもしれません。
一部の消費者からは「味が落ちた」「チャーシューが安っぽくなった」といった厳しい意見も出ており、フランチャイズ展開による店舗ごとの味のばらつきも、ブランド全体のイメージに影響を与えた可能性があります。
| 閉店につながる要因 | 内容 | くるまやラーメンへの影響 |
|---|---|---|
| 外部要因(競合の増加) | ファミレス、牛丼チェーン、競合ラーメン店、SCのフードコートなどが同じエリアに出店しました。 | お客様の選択肢が増え、お店が選ばれにくくなったと考えられます。 |
| 外部要因(消費者ニーズの変化) | 口コミサイトの評価やSNSでの見栄えなど、お店選びの基準が多様化しました。 | 伝統的な味だけでは、新しいお客様を惹きつけるのが難しくなったかもしれません。 |
| 内部要因(品質・サービス) | 店舗によって味にばらつきが出たり、品質の低下を指摘されたりすることがありました。 | 一部の店舗の評価が、チェーン全体のイメージダウンにつながることもあったと思われます。 |
| 内部要因(経営体質) | 経営再建後も、新しい時代に対応したメニュー開発や宣伝戦略が十分でなかった可能性があります。 | 時代の変化に取り残されてしまうと、経営は厳しくなってしまいますね。 |
閉店ラッシュなの?店舗動向を調査

「閉店ラッシュ」という言葉が適切かどうかは判断が分かれるところですが、過去に大規模な閉店があったことは事実です。
特に、会社更生法が申請された1997年以降の数年間に、集中的に店舗数が減少しました。
- 2026年2月28日:くるまやラーメン 川中島店(長野県長野市)閉店
- 2025年9月15日:くるまやラーメン 小山城東店(栃木県小山市)閉店 ※2025年12月17日にリニューアルオープン
- 2024年9月30日:くるまやラーメン 仙台郡山店(宮城県仙台市)閉店
- 2024年3月31日:くるまやラーメン 実籾店(千葉県習志野市)閉店
- 2023年10月23日:くるまやラーメン 大宮吉野店(埼玉県さいたま市)閉店
- 2020年5月6日:くるまやラーメン 新潟巻店(新潟県新潟市)閉店
- 2019年8月末:くるまやラーメン 鶴岡店(山形県鶴岡市)閉店
- 2015年8月31日:くるまやラーメン 長岡川崎店(新潟県長岡市)閉店
- 2014年末:くるまやラーメン 静岡西脇店(静岡県静岡市)閉店
- 2014年2月末:くるまやラーメン(群馬県の店舗、詳細不明)閉店
このように、特定の時期に集中して閉店があった後も、飲食業界の厳しい競争の中で、個々の店舗が経営上の理由から閉店していくケースが散発的に続いている、というのが現状に近いと思われます。
くるまやラーメンの閉店を悲しむ声は多い
閉店のニュースが流れる一方で、その味やお店の雰囲気を愛し、閉店を心から悲しむ声も数多く存在します。

インターネット上の口コミやブログなどを分析すると、閉店を惜しむ声や思い出を語る声が約6割を占める一方、味や経営に対する厳しい指摘も約4割見られ、愛憎半ばする複雑な感情がうかがえます。
- 閉店を惜しむ声
- 「悲報、くるまやラーメン富士吉田店閉店!残念でなりません。毎度毎度、疲れた体で昇天しそうになりながら、たらふく食べたっけ…」
- 「電通大生が色々な夢を語った場所でもあるのでしょうねえ。人々の記憶に残る名店の閉店寂しくあります」(※他店の事例ですが、地域に愛された店の閉店を惜しむ気持ちは共通しています)
- 思い出を語る声
- 「学生時代はくるまやラーメンにお世話になりました。私の地元の店舗は、ごはんがお代わり自由だったので、いつも学生やサラリーマンでにぎわっていました。私はあの味が好きでした。ごはんに合うし。」
- 味への厳しい意見
- 「生涯最高のまずさ。忘れられないまずさ。」
- 「味が落ちた☆ チャーシューの質なぞ、昔とは比較にならないほど安っぽい☆」
- 経営環境への言及
- 「日高屋、幸楽苑の進出が大きいと思います!くるまやラーメン、決して不味いとは思いませんがいかんせん競争相手が多すぎます。」
好きだった人も、そうでなかった人も含めて、多くの人にとって「くるまやラーメン」が記憶に残る存在であったことは間違いないようです。
Q&A
- 結局のところ、くるまやラーメンの店舗数が一番減った大きな理由は何ですか?
最も大きな理由は、1997年に運営会社が経営再建のために行った、大規模な店舗整理です。この時、不採算だった約200もの店舗が一斉に閉店となり、店舗数が大幅に減少しました。それに加えて、その後の飲食業界全体の競争が激しくなったことも、店舗数の減少に影響していると考えられます。
- 「くるまやラーメン」という名前だから、もともとは車屋さんだったのですか?
それはよくある誤解なのですが、実は違うのです。1970年の創業当時、本物の観光バスを改造して、国道沿いの駐車場でラーメン店を始めたのが「くるまや」という名前の直接の由来なんですよ。ユニークな始まりのお店だったのですね。
- 昔通っていたお店が閉店したかどうかって、どうやったら分かりますか?閉店したお店の情報はネットから消えちゃうのですか?
閉店したお店の情報は、意外とインターネット上に残っていることが多いです。「食べログ」のようなグルメサイトでは、閉店したお店のページも「閉店」と明記された上で、過去の口コミや写真と共にアーカイブとして保存されている場合があります。そのため、思い出を振り返ることはできますが、情報が更新されておらず、知らずに訪問してしまうトラブルも稀にあるようなので、遠方から訪ねる際は注意が必要ですね。
