かつては日本人観光客で溢れ、風情ある街並みが魅力だった京都。
しかし最近、「京都がガラガラになった」「外国語しか聞こえない」といった声を耳にすることも。
オーバーツーリズムが叫ばれる一方で、なぜこのような噂が流れるのでしょうか。
京都がガラガラ?中国人など外国人が減ったって本当?

「京都がガラガラ」という印象は、実は観光客の総数が減ったというより、その「内訳」が大きく変わったことに起因しているようです。
これまで京都観光の主役だった日本人観光客が減少し、その一方で外国人観光客が増加するという現象が起きています。
ここでは、その具体的な理由を2つの側面から詳しく見ていきましょう。
ガラガラ理由1:日本人観光客の「京都離れ」が顕著になっているため

最も大きな理由は、日本人観光客が京都を避ける傾向、いわゆる「京都離れ」が深刻化しているためです。
コロナ禍が明け、海外からの観光客が猛烈な勢いで戻ってきた一方で、皮肉にも日本人観光客の足は遠のいて京都市が2024年秋に行った調査では、市内の主要な観光地を訪れた外国人観光客が前の年と比べて約30%も増加したのに対し、日本人観光客は約15%も減少するという驚きの結果が出ました。
東山や嵐山といった定番の観光エリアでは、日本人観光客が2割近く減っているというデータもあります。
では、なぜ日本人は京都に行かなくなったのでしょうか。

多くの人が挙げるのが、オーバーツーリズムによる「混雑」と「価格高騰」で、市民の足であるはずの市バスは、大きなスーツケースを持った観光客で常に満員状態で、地元のお年寄りですら乗るのをためらうほどですし、インバウンド需要の高まりを受け、市内のホテル宿泊費はコロナ禍以前をはるかに上回る水準に高騰しています。
週末には1泊3万円を超えることも珍しくなく、「高すぎて泊まれない」と感じる日本人が増えているのです。
さらに、街の雰囲気の変化を指摘する声も少なくなく、お土産物屋や飲食店が次々と外国人観光客向けに様変わりし、「昔ながらの京都らしさが失われた」と感じる人もいます。
| 項目 | データ | 備考 |
|---|---|---|
| 主要観光地の日本人客 | 約15%減少(2024年秋) | 外国人客は約30%増加しています。 |
| 嵐山エリアの日本人客 | 約20%減少(2025年春) | 外国人客は約22%増加しました。 |
| 宿泊費の高騰 | コロナ禍以前を大幅に上回る ※一泊3万円以上も少なくない | 日本人には割高に感じられています。 |
ガラガラ理由2:尖閣諸島をめぐる発言で日中関係が悪化したため【そもそも日本の領地】

ことの発端は、2025年11月7日、高市首相が国会で「台湾有事は日本の存立危機事態になり得る」と発言したことで、台湾をめぐる問題に対して、日本が軍事的に関与する可能性を示唆したものであり、これまでの日本政府の慎重な姿勢から一歩踏み込んだものとして、中国側を強く刺激しました。

中国の反応は迅速かつ厳しいもので、発言からわずか1週間後の11月14日、中国外務省は日本の大使を呼び出し、「台湾問題に干渉すれば壊滅的な敗北を喫するだろう」と強く警告。
さらに、在大阪中国総領事が「汚い首を切ってやる」といった過激な言葉で非難し、日本政府が公式に抗議する事態にまで発展しました。
こうした外交上の激しい応酬は、すぐに具体的な対抗措置へとつながり、中国政府は同14日、国民に対して日本への渡航を自粛するよう勧告を発表。
これに呼応するように、中国の主要航空会社3社が日本路線の航空券について、無料での変更や払い戻しに応じる措置を開始したのです。

これは明らかに、日本の観光業、特に中国人観光客への依存度が高い京都のような観光地に経済的な打撃を与えることを狙った動きと考えられます。
さらに、緊張は東シナ海の尖閣諸島(中国名:釣魚島)周辺海域にも及び、11月16日、中国海警局の船4隻が日本の領海に侵入し、中国側はこれを「法に基づく権利擁護のパトロールだ」と正当化する声明を発表しました。
中国大使館の公式X(旧ツイッター)アカウントも、「釣魚島は中国固有の領土である」という主張を日本語で繰り返し投稿し、日本のSNS上では「挑発的だ」「歴史を勉強し直すべきだ」といった激しい反発の声が渦巻きました。

この一連の出来事は、多くの日本人に2012年の悪夢を思い出させました。
当時、日本政府が尖閣諸島を国有化したことをきっかけに、中国全土で大規模な反日デモが吹き荒れ、日系企業の工場やスーパーが破壊・略奪されるなど、日中関係は国交正常化以来最悪と言われるほど冷え込みました。
ちなみに以下は、尖閣諸島に関する歴史的な経緯を時系列でまとめた表で紛れもなく日本の領土です。
| 年代 | 出来事 | 詳細 |
|---|---|---|
| 古代~19世紀 | 琉球国や中国の航路として認識される | 琉球国の航路図や記録に尖閣諸島が登場。無人島であり、どの国の統治も及んでいなかった。 |
| 1885年 | 日本政府による調査開始 | 日本政府は尖閣諸島を調査し、他国の支配が及んでいない無主地(terra nullius)であることを確認。 |
| 1895年1月14日 | 日本領土への編入 | 日本政府が閣議決定により尖閣諸島を沖縄県に編入。国際法に基づく正当な手続きで領有権を確立。 |
| 1945年 | 第二次世界大戦後、アメリカの施政権下に置かれる | サンフランシスコ平和条約(1951年)に基づき、尖閣諸島は沖縄の一部としてアメリカの施政権下に。 |
| 1972年 | 沖縄返還とともに日本に施政権が返還 | 沖縄返還協定により、尖閣諸島を含む地域が日本に返還される。 |
| 1970年代 | 中国・台湾が領有権を主張 | 1968年の国連調査で周辺海域に石油資源の可能性が指摘されて以降、中国と台湾が領有権を主張し始める。 |
| 現在 | 日本の実効支配継続 | 日本は尖閣諸島を有効に支配し、国有地として管理。中国や台湾は領有権を主張し続けているが、日本政府は「領土問題は存在しない」との立場を維持。 |
あの時も中国政府は日本への団体旅行を中止させるなどの措置を取り、結果として中国人・香港人観光客の数は1年間で前年比25.1%も激減したのです。
2012年当時と現代の大きな違いは、SNSの存在で、中国大使館によるXでの直接的な主張の発信や、それに対する日本のネットユーザーの感情的な反発は、瞬く間に拡散され、両国民の対立感情を増幅させます。
ちなみにSNSで拡散されていた中国外交部のジェネレーターですが元ネタについてこちらにまとまっています。

こうしたネット上の「世論」は、個人の旅行計画にも大きな影響を与え、「こんな状況で日本に行くのはやめておこう」という空気を中国国内で醸成するのに十分な力を持っているのです。

政府の「渡航自粛勧告」は、単なる呼びかけ以上に、国民に対する強い同調圧力として機能したと考えられます。
このような状況に対し、アメリカは「日米安全保障条約は尖閣諸島にも適用される」とし、日本の防衛に対するコミットメントは「揺るぎない」と改めて表明していて、地域の安定を願うアメリカの立場を示すものですが、一方で日中間の対立をより複雑にし、緊張を長引かせる一因となる可能性も秘めているのです。
| 日付(2025年) | 出来事 | ポイント |
|---|---|---|
| 11月7日 | 高市首相が国会で「台湾有事は日本の存立危機事態になり得る」と発言しました。 | これが、今回の日中関係悪化の直接的な引き金となりました。 |
| 11月14日 | 中国政府が日本への渡航自粛勧告を発表しました。 | 中国の航空各社も航空券の無料キャンセル対応を開始し、観光業への影響が現実のものとなりました。 |
| 11月16日 | 中国海警局の船4隻が尖閣諸島周辺の日本の領海に侵入しました。 | 中国側はこれを「合法的なパトロール活動」だと主張し、自らの行動を正当化しています。 |
| 11月21日 | 中国大使館が公式Xで「釣魚島は中国固有の領土」と日本語で投稿しました。 | SNSを舞台に、両国のネットユーザー間で感情的な応酬が激化し、対立がさらに深まりました。 |
京都市が隠し続けたスラム街?噂や真相とは

京都の華やかなイメージとは裏腹に、「京都市が隠し続けたスラム街がある」という噂を聞いたことがあるでしょうか。
この噂の舞台となっているのが、京都駅から歩いて数分の場所に位置する「崇仁(すうじん)地区」やその周辺の東九条エリアです。
この地域は、歴史的に「被差別部落」として長く差別を受けてきた人々や、戦前から戦後にかけて日本に渡ってきた在日コリアンの人々が多く暮らしてきた場所で、戦後は闇市から発展し、水道やガスなどのインフラ整備も遅れ、長い間「スラム状態」と見なされてきました。
鴨川沿いには不法占拠のバラックが立ち並び、「0番地」と呼ばれていた時代もあったそうです。
ただし、「スラム」という言葉から連想されるような、危険で無法地帯といったイメージは、現在のこの地域には当てはまらず、日本の研究者の中には、こうした地区を海外の危険なスラムとは区別し、歴史的背景から生まれた「貧困地区」と捉えるべきだという意見もあります。
実際に、この地域には独自のコミュニティが形成され、人々は助け合いながら暮らしてきました。1956年には、住民たちの運動によって行政が動き、「改良住宅」と呼ばれる集合住宅が建設され、住環境は大きく改善されました。

では、なぜ「京都市が隠し続けた」と言われるのでしょうか。
それは、やはり差別というデリケートな歴史的背景が関係していると思われます。世界的な観光都市である京都にとって、貧困や差別といった問題は、表立って語りたくない「負の側面」だったのかもしれません。
そのため、行政が積極的にこの地域の情報を発信することはなく、多くの観光客や京都市民でさえ、その存在を知らないまま時が過ぎていきました。
迷惑している京都人も少なくない?外国人に対する印象を調査

インバウンドの急増は京都経済に大きな恩恵をもたらす一方で、多くの市民の日常生活に影響を及ぼしており、不満の声が少なくないのも事実です。
ある調査では、京都市民の約9割がバスや電車の混雑に不満を感じていると回答していて、別の調査でも72.8%の人が「観光客で混雑しすぎている場所がある」と感じており、市民生活への圧迫が深刻であることがうかがえます。
特に不満のトップに挙げられるのが「市バスの混雑」で、これは多くの調査で共通しています。

もちろん、問題は混雑だけではありません。
ゴミのポイ捨てや私有地への無断立ち入り、舞妓さんを追いかけ回すといった一部の観光客によるマナー違反も後を絶たず、SNSなどでたびたび非難の対象となっていて、こうした迷惑行為が、外国人観光客全体に対するネガティブなイメージを助長している側面は否定できません。

2023年のデータによると、外国人観光客が京都で使うお金は一人あたり平均約7万8000円で、これに対し、日本人観光客は約2万3000円と、3倍以上の差があります。
コロナ禍で観光客が消え、街から活気が失われた時期を経験したからこそ、「賑やかな方がまだ良い」と考える市民や事業者もたくさんいるのです。
以下は、市民から聞かれる代表的な声です。
Q&A

- 結局のところ、京都の観光客は本当に減っているのですか?
観光客の「総数」が劇的に減っているわけではありません。大きく変わっているのは、その「内訳」です。簡単に言うと、日本人観光客が減り、その分を外国人観光客が補っている、あるいはそれ以上に増えているという状況です。
そのため、混雑した場所で外国人観光客に囲まれた人は「京都は観光客だらけで大変だ」と感じ、一方で、日本人が減ったことで活気がなくなったと感じる商店主や、郊外の静かな場所を訪れた人は「京都はガラガラになった」と感じる、というように、見る人の立場や場所によって印象が全く異なっているのが今の京都の姿なのです。- 外国人観光客は、京都のどんな点に魅力を感じ、どんな点に不満を持っているのでしょうか?
少しニッチな質問ですが、これは観光客の出身地によって傾向が異なります。全体的には「街の清潔さ」「治安の良さ」「寺社仏閣の美しさ」などが常に高く評価されています。
興味深いのは、英語圏(アメリカ、イギリスなど)の観光客は「上質なサービス」や「外国人にとっての観光のしやすさ」といった快適性を評価するのに対し、ヨーロッパ非英語圏(ドイツ、フランスなど)の観光客は「伝統工芸」や「街の歴史」といった、より深い文化資源に魅力を感じる傾向があることです。
一方で、不満として最も多く挙げられるのは、国籍を問わず「物価の高さ」です。また、「公共のWi-Fiが少ない」「街なかにゴミ箱が少ない」といった、インフラ面での不満も根強く残っているようです。- 「崇仁地区」のような歴史的背景を持つ場所に、観光客が興味本位で訪れても大丈夫なのでしょうか?
結論から言うと、訪れること自体は問題ありません。ただし、絶対に守っていただきたい心構えがあります。それは、その場所が持つ歴史に敬意を払い、今もそこで生活している住民の方々への配慮を忘れないことです。
崇仁地区はテーマパークではなく、人々の暮らしの場です。興味本位で騒いだり、住民の方々や家々を無断で撮影したりする行為は、プライバシーの侵害であり、絶対に許されません。近年は、地域の歴史を伝えようとするアートプロジェクトや、週末限定の「るてん商店街」などが開催され、地域を正しく理解しようとする人々に対しては、少しずつ開かれた場所になりつつあります。もし訪れるのであれば、そうした地域の取り組みに参加するなど、学ぶ姿勢を持つことが大切です。ただの「スラム探訪」のような感覚で訪れることは、地域の人々を深く傷つける行為になりかねません。
